テレビ番組で独自の視点を語り、長年にわたって活躍しているマツコ・デラックスさん。
マツコさんについて調べると、
「昔、大阪の占い師に占ってもらった」
「35歳から先が見えないと言われた」
「その占い師は誰なの?」
という印象的なエピソードが出てきます。
中には、
「35歳で人生が終わると予言された」
「35歳からマツコ・デラックスになった」
「占った先生は○○先生」
と断定する記事もあります。
しかし、実際に公表情報や番組関連の記録を確認すると、そこまで単純な話ではありません。
結論からいうと、若い頃のマツコさんを大阪で四柱推命によって占った人物の氏名は、今回確認した公表情報からは特定できませんでした。
一方、後年にマツコさんを実際に占ったことが確認できる占い師も存在します。
そのため、複数の鑑定エピソードが混同されている可能性があります。
この記事では、マツコ・デラックスさんの「35歳の予言」と呼ばれる話について、確認できる情報とネット上の推測を分けながら整理します。
マツコ・デラックスを占った大阪の占い師は誰?
最初に結論を整理すると、マツコ・デラックスさんが若い頃に大阪で鑑定を受けたとされる占い師の名前は、現時点では確認できません。
2017年放送の『ホンマでっか!?TV』について振り返った複数の資料では、マツコさんが若い頃に大阪で四柱推命による鑑定を受けたエピソードを話したと紹介されています。
そこで伝えられている主な内容は、
・若い頃に鑑定を受けた
・場所は大阪だった
・四柱推命による鑑定だった
・本名で鑑定してもらった
・35歳より先について印象的な結果を伝えられた
というものです。
一方で、
占い師の氏名
店舗名
正確な鑑定場所
について、本人やテレビ局の公表資料から確定できる情報は今回確認できませんでした。
そのため、インターネット上で名前が挙がっている占い師を、
「この人がマツコさんを占った本人」
と断定することは避けた方が適切です。
「35歳から先が見えない」と言われた?
このエピソードが注目される最大の理由が、
「35歳から先が見えない」
という趣旨の鑑定結果です。
放送内容を振り返った資料では、若い頃のマツコさんが四柱推命で占ってもらった際、35歳以降について「見えない」という趣旨の結果を伝えられたと紹介されています。
この言葉だけを聞くと、
「35歳で人生が終わるという意味?」
と思ってしまうかもしれません。
しかし、このエピソードについては、単純に「35歳で亡くなると予言された」と理解するのは適切ではありません。
むしろマツコさんは後になって、自分が本名ではなく「マツコ・デラックス」という名前で活動するようになった人生と、昔の鑑定結果を重ね合わせて振り返ったとされています。
つまり、
生命そのものが35歳で終わる
という意味ではなく、
それまでとは違う生き方へ変化したことと、過去の占いが印象的に重なった
というエピソードとして受け止める方が自然でしょう。
35歳から「マツコ・デラックス」になったわけではない
ここは、特に誤解されやすいポイントです。
ネット上では、
「35歳になってからマツコ・デラックスとして活動を始めた」
という説明を見かけることがあります。
しかし、時系列を確認すると正確ではありません。
ORICON NEWSのプロフィールによると、マツコ・デラックスさんは1972年10月26日生まれです。
そして2002年には、
『アタシがマツコ・デラックス!』
という書籍を出版しています。
1972年生まれですから、2002年時点では29~30歳になる年です。
つまり、35歳になるより前から、
「マツコ・デラックス」という名前で活動していたことは確認できます。
したがって、
「35歳になった瞬間からマツコ・デラックスになった」
という説明は正確ではありません。
より慎重に整理すると、
35歳前後には、本名での生活や仕事よりも「マツコ・デラックス」として活動する比重が大きくなり、昔の占いを思い出した
という理解が無理のない見方でしょう。
「35歳の予言」は本当に当たった?
検索では「マツコ 35歳 予言」という言葉も使われています。
ただし、占いが客観的に未来を的中させたかどうかを証明することはできません。
今回の記事でも、
「占い師がマツコさんの未来を完全に予言した」
とは断定しません。
興味深いのは、むしろマツコさん自身が過去に聞いた言葉と、その後の人生の変化を重ね合わせて振り返ったことです。
若い頃には意味が分からなかった言葉が、何年も経ってから自分の人生と重なって感じられる。
そのため、このエピソードが長く語られているのではないでしょうか。
大阪・心斎橋で占ってもらった?
「マツコ 大阪 占い」と検索すると、
「心斎橋で占ってもらった」
という情報もよく見かけます。
2017年の放送内容を振り返った一部の資料では、大阪・心斎橋での鑑定だったと紹介されています。
一方、今回確認したテレビ局の公式ページなどでは、
「当時の場所は心斎橋だった」
と断定できる一次資料を確認できませんでした。
そのため本記事では、
大阪で鑑定を受けたという話は紹介するものの、心斎橋だったとは断定しない
ことにします。
また、仮に心斎橋だったとしても、現在営業している占い店と当時の鑑定を安易に結び付けることはできません。
占い師の候補は特定できる?
ネット上では、
「この先生なのでは?」
として複数の占い師の名前が紹介されています。
たとえば、四柱推命を扱う大阪の占い師として、谷埜貴美先生などの名前が関連付けられているサイトがあります。
しかし、
大阪で活動している
四柱推命を扱っている
という条件が一致するだけでは、その人物がマツコさんを占った本人だとは判断できません。
今回確認した範囲では、
「若い頃のマツコさんに35歳以降について伝えた占い師=谷埜貴美先生」
と本人、テレビ局、公式関係者などが確認した資料は見つかりませんでした。
そのため、候補としてネット上に名前が出ている人物を本人と断定することはしません。
アイ惠照先生はマツコを占っている?
マツコさんを占ったことがある大阪の占い師として名前が挙がるのが、アイ惠照先生です。
大阪の「占いの館ラピス」の公式情報では、アイ惠照先生がマツコさんの手相を見たことが紹介されています。
このため、
「大阪でマツコさんを実際に占ったことがある人物」
という意味では、アイ惠照先生について確認できる情報があります。
ただし、ここには大きな違いがあります。
若い頃のエピソードは、
四柱推命
とされています。
一方、アイ惠照先生について確認できるのは、
手相
です。
そのため、
アイ惠照先生=「35歳から先が見えない」と伝えた四柱推命の占い師
と結び付ける根拠は確認できません。
「マツコさんを占ったことがある」という事実と、「若い頃の四柱推命の占い師である」という話は分けて考える必要があります。
『マツコ会議』の加藤紀子先生は別の鑑定
もう一つ、特に混同しやすいのが加藤紀子先生です。
横浜中華街などで知られる「鳳占やかた」の公式サイトには、日本テレビ系『マツコ会議』に加藤紀子先生が出演したことが明記されています。
番組では、マツコさんが画面越しに手相鑑定を受けました。
そして、その鑑定結果には、
35歳で運命が変わった
という内容も含まれていました。
ここで再び「35歳」という数字が登場します。
そのため、
「昔、大阪でマツコさんを占ったのも加藤紀子先生?」
と混同する人がいるかもしれません。
しかし、これは別の鑑定です。
整理すると、
若い頃の大阪での占い → 四柱推命と伝えられている
『マツコ会議』の加藤紀子先生 → 手相
です。
占術も時期も異なります。
したがって、加藤紀子先生を若い頃の大阪の占い師と考える根拠はありません。
なぜ複数の占いが混同されている?
マツコさんの占いについて情報が混ざっている理由は、似た言葉が何度も登場するためです。
たとえば、
大阪
占い師
手相
四柱推命
35歳
といったキーワードです。
若い頃に大阪で受けたとされる四柱推命。
後年、大阪の占い師から受けた手相。
さらに『マツコ会議』で行われた手相鑑定。
それぞれ別の出来事なのに、
「マツコ+占い+35歳」
という共通点だけがネット上で結び付けられると、一つのエピソードのように見えてしまいます。
ここで重要なのは、
「マツコさんを占ったことがある人物」と「若い頃に35歳以降について鑑定した人物」は同じとは限らない
という点です。
2019年の『マツコの知らない世界』でも占いが話題に
2019年6月11日放送のTBS系『マツコの知らない世界』では、「おみくじの世界」が取り上げられました。
TBS公式アーカイブによると、ゲストの平野多恵さんは、姓名判断、手相、タロット占い、四柱推命など、さまざまな占いを経験したうえでおみくじ研究にたどり着いた人物として紹介されています。
ただし、このTBS公式ページそのものには、
「35歳から先が見えない」
という大阪での鑑定エピソードの詳細までは記載されていません。
そのため、このページを「35歳の予言」の直接的な証拠として扱うのではなく、マツコさんの番組で占いが扱われた公式記録の一つとして見るのが適切です。
「35歳で死ぬ」と言われたわけではない
検索すると、
「マツコ 35歳 死」
「35歳までしか見えない」
といった強い言葉も出てきます。
しかし、今回確認した情報から、
「35歳で亡くなると予言された」
と断定することはできません。
実際、マツコさんは35歳を超えた後も長く活躍しています。
そして、この話が印象的なのは、
「命が終わる」
という意味ではなく、
本名を中心としたそれまでの人生から、マツコ・デラックスとして知られる人生へ大きく変化した
という本人の後年の受け止め方にあります。
刺激的な言葉へ置き換えるよりも、実際に伝えられている範囲で理解することが大切です。
マツコ・デラックスの大阪の占いについてよくある質問
マツコを大阪で占った占い師は誰?
今回確認した公表情報だけでは、氏名を特定できません。
ネット上では複数の占い師が候補として紹介されていますが、「本人」と確認できる一次資料は見つかりませんでした。
マツコは何歳のときに占ってもらった?
2017年の番組内容を振り返った資料では、若い頃、20代だった時期の鑑定として紹介されています。
ただし、正確な年齢や鑑定日は今回確認できませんでした。
どんな占いだった?
若い頃の大阪での鑑定については、四柱推命だったと紹介されています。
「35歳から先が見えない」とはどういう意味?
後年のマツコさんは、本名での人生より「マツコ・デラックス」として活動する生活が中心になったことと、過去の鑑定を重ね合わせて振り返ったとされています。
「35歳で亡くなる」という意味だと断定する根拠はありません。
マツコは35歳から芸能活動を始めた?
いいえ。
ORICON NEWSによると、2002年にはすでに『アタシがマツコ・デラックス!』を出版しています。
1972年生まれなので、35歳より前から「マツコ・デラックス」の名前で活動していました。
アイ惠照先生が「35歳」を占った先生?
そのように確認できる資料はありません。
アイ惠照先生がマツコさんの手相を見たことは公式情報で紹介されていますが、若い頃の四柱推命と同じ鑑定だったとは確認できません。
『マツコ会議』の加藤紀子先生は同じ占い師?
別の鑑定と考えるのが適切です。
加藤紀子先生は『マツコ会議』でマツコさんの手相を鑑定しています。
若い頃の大阪での四柱推命とは、占術も時期も異なります。
まとめ
今回は、マツコ・デラックスさんを大阪で占った占い師と、「35歳の予言」と呼ばれるエピソードについて整理しました。
確認できる情報をまとめると、
・若い頃に大阪で四柱推命による鑑定を受けたというエピソードが伝えられている
・35歳より先について「見えない」という趣旨の結果を伝えられたとされている
・「35歳で亡くなる」と言われたと断定できる情報はない
・当時の占い師の氏名は公表情報から特定できない
・「心斎橋」という情報もあるが、今回確認した一次資料では断定できない
・アイ惠照先生がマツコさんの手相を見たことは公式情報で確認できる
・ただし、若い頃の四柱推命と同じ占い師だとは確認できない
・『マツコ会議』では加藤紀子先生がマツコさんを手相鑑定している
・その鑑定でも「35歳」という人生の転機が登場する
・マツコさんは35歳以前から「マツコ・デラックス」の名前で活動していた
ということが分かりました。
特に重要なのは、複数の占いエピソードを一つの話として混同しないことです。
現在確認できる情報から最も慎重にまとめるなら、
「若い頃のマツコさんが大阪で四柱推命の鑑定を受け、35歳以降について印象的な結果を伝えられたとされているが、その占い師本人の氏名は特定されていない」
という結論になります。
「誰が占ったのか」を推測で決めるより、確認できる情報と確認できない情報を分ける方が、マツコさんの印象的なエピソードを正確に理解できるでしょう。
参考資料
・ORICON NEWS「マツコ・デラックス プロフィール」
・TBSテレビ『マツコの知らない世界』2019年6月11日放送「おみくじの世界」
・「ホンマでっか!?TV」で語られた大阪の占いについての放送内容を振り返った資料
※本記事では、テレビ局公式ページ、公式プロフィール、占い店の公式情報などを優先して確認しています。「35歳」の鑑定については現在確認できるテレビ局公式アーカイブだけでは詳細な発言全文まで確認できないため、放送内容を振り返った二次資料も補助的に参照しています。また、ネット上で候補として紹介されていても、本人・テレビ局・公式関係者による裏付けがない占い師については、鑑定した本人だと断定していません。

